駒ヶ岳ファンクラブ

「駒ヶ岳ファンクラブ」は、日本各地の駒ヶ岳の豊かな自然を愛し、駒ヶ岳山麓の人と交流し、その山麓の文化に親しみ、日本各地の駒ヶ岳に登る」を目的とした会員からなる団体です。

野火止用水を調べてみよう(令和3年1月10日)

仲 徳治
 はじめに、新型コロナ感染ウイルス蔓延と大雪と言う事で登山は当分お預け代わりに近場散策です。
 わが街清瀬市の両側には大小2つの川が流れています。西側には空堀川、東側には小さい乍らも野火止用水です。野火止用水空堀川のように日照りがあっても枯れる事は無く、大雨が降っても溢れる事無く、何時も同じ水量で流れています。
 先日水源を訪ねて、玉川上水駅で下車。同駅から玉川上水を南東(下流側)に少し進むと水道局の監視所が有ります。玉川上水からの水は東村山浄水場へ全量送る為、一旦水を遮断し、下水処理場の再生水を流している事を知りました。
 もっと調べてみると、多摩川の水は羽村の取り入れ口から玉川上水駅付近の小平監視所玉川上水を流れ、其処で全量東村山浄水場に地中配管で導かれます。
 現在、そこより下流で流れている水は、昭島にある東京都下水道局多摩川上流水再生センター」で処理された3次処理排水で、玉川上水・野止用水に流れています。東大和駅を少し行った所から流水を確認出来ます。
 「多摩川上流水再生センター」では処理水を多摩にも排水しているので、以降の下流では水道水の取入れはしておりません。
 始まりから東大和駅~八坂~久米川~清瀬まで歩いて見ました。
 野火止用水の概要
 野木止用水は承応4年(1655)に川越城主であった松平伊豆の守信綱により、武蔵野開発の一環である野火止開発の為、開拓農民が必要とする生活用水の確保を主目的としたものでした。
 野火止用水路は、多摩郡小川村(現在の小平市小川町で西武鉄道拝島線玉川上水駅の近く)の玉川上水から分水され、野火止台地を経て新河岸川に至までの全長25kmに及び開削されました。
 松平信綱は川越入府以来、領内の新田開発を推進する一方、原野のままで開発が遅れている台地の開発にも着手。
 玉川上水からの分水許可を幕府より得て(玉川上水7、野火止用水3の割合)、開削工事は承応4年2月10日から開始され、約40日後の3月20日頃完成し、その後平林寺堀などのいくつかの支流が開削されました。

f:id:komafun:20210120223525p:plain東京の水の流れを示した図

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多摩川利根川の関係

f:id:komafun:20210120223615j:plain玉川上水駅で下車し玉川上水下流に向かって歩き始める
 此処までは多摩川の水です。この先の小平監視所で全量東村山浄水場に送られます。
 それ以降は「多摩川上流処理場」の2次処理廃水の再生水です。

f:id:komafun:20210120223648j:plain 再生水が玉川上水を流れていきます

f:id:komafun:20210120223716j:plain東京都薬用植物園内ココアの実

f:id:komafun:20210120223745j:plain整備された用水

f:id:komafun:20210120223812j:plain明治学院大浮木高校内ライシャワー館 大使の住居復元

f:id:komafun:20210120223839j:plain九道の辻 江戸時代の9本の街道の交差点

f:id:komafun:20210120223910j:plain水車苑 昭和26年迄用水の水で水車を回し精米を行っていました

f:id:komafun:20210120223938j:plain恩田万年橋の大欅