(投稿者:仲 徳治)
市瀬さんより米山駒ヶ岳望年山行の時のスケッチを2点送って戴きました。代わりに紹介させていただきます。
初日の夕べ、空を深紅に染めながら日本海に沈み込んでいく夕陽の美しさは今も鮮やかに蘇ります。
また、帰路の途中で田の畦道から眺めた陸の灯台「米山」の姿は山行の疲れを癒してくれました。
改めて楽しかった二日間を思い出させていただきました。市瀬さんに感謝!
夕日絶景
越後富士、米山
清水川 修
10月29日から4日間、菅江真澄の故郷と考えられている愛知県豊橋市まで行って来ました。
新潟県長野県経由の往復1,800㎞の旅で、高速道路の走行車線を走るB29のような大型トラックの後ろをゼロ戦のような軽トラックでくっついて、時々追い越したりして軽快に走りました。軽トラの性能と操作性が良いのに驚きました。ABSもエアバックも何もついていないので失敗したらおしまいだと覚悟しながら運転する気持ちは昔の戦闘機乗りと同じです。
菅江真澄が旅をしていた寛政から文化年間にかけて松平定信の後、幕府老中首座として活躍していた人は吉田(今の豊橋)藩主松平信明です。
帰りに長野県での真澄の足跡探訪をするつもりでしたが、間違えて高山方面に走り、また恵那山トンネル前での秋田では想像もできない大渋滞に巻き込まれ、松本の湯の原温泉、白糸の湯に入ることができただけでした。
番台のご婦人に「長野県民歌でいう、来る人多し筑摩(つかま)の湯、はここですか」と質問したらそうです、というので大感激でした。
若かりし日の菅江真澄と岡山県圓通寺の国仙上人の随員であったかもしれない良寛がここで出会ったかもしれません。
谷 和代
10月31日、1年ぶりに会う山仲間(東京、千葉、神奈川在住7人)と高尾山から小仏城山に行き、日影林道を下りました。
朝9時、土曜日の高尾山口駅前は凄い人。我々は密を避けて余り人の歩いていない東京高尾病院脇から登る。
2号路を通り浄心門から1号路に出て有喜閣脇の道に入り、山頂に向かった。
山頂は、人、人であふれているので、早々に通り過ぎ、もみじ台を通り一丁平で昼食。久しぶりの顔合わせなので、秋の日を浴びて食事とおしゃべりタイムで1時間。
帰路のコースは、小仏城山から日影林道を下った。道はかなり荒れていて道路が崩落しているところもあり沢の中を少し歩いた。
毎年楽しみにしている日影のハナネコノメの咲く場所は、川幅も広くなり斜面がえぐられていて、来年はハナネコノメの可愛い花は見られないのではと心配になった。
ここに下った時は必ず寄る美味しいコーヒーのお店「ふじだな」でコーヒーを飲み、バスで高尾駅北口に出たが、北口周辺もすっかり変わっていた。
高尾山頂の紅葉
高尾山からの富士山も久しぶり
登山道わきに咲くセンブリ
木道を歩いていた綺麗な色の虫
変わった色に見えるオヤマボクチ
小仏城山の赤、黄、緑のコントラストが美しい紅葉
荒れていた日影林道
湯川 喜義
長野県青木村にある子檀嶺岳(こまゆみだけ)、標高1223mへ登ってきました。
子檀嶺岳は、”こま”が付くということで、”駒ヶ岳”の仲間に入っています。
紅葉を眺め、落葉を踏みながらの山行は、晩秋を味わうにはもってこいの時期です。
台形の独立峰で、最後は急登となりますが、それだけに展望は360度あり、北アルプスの山頂部は雪で白くなっていました。
また、この地域の山は、丸い山が多く見られますが、その訳は私にはわかりません。
山頂には祠が3つありました。
表示はありませんでしたが、会発刊の「全国駒ヶ岳の民俗誌」によると、
「子檀嶺神社」、「阿鳥川神社」、「村松神社」とのことです。
帰りがけに登山口の近くにある国宝大法寺三重塔を見学してきました。
(国宝三重塔は、全国に13あるとのことで、この塔は鎌倉時代に建立とのことです。)
また、帰路に修那羅峠の近くにある安宮神社へ立ち寄り、石造物を見てきました。
ふもとから見る子檀嶺岳
山頂 3つの祠がある
山頂からの眺め 丸い山がいくつも見える
登山口の近くにある国宝三重の塔
落葉に覆われた登山道
藤田 輝己
(続き)
丸山のピーク、第二地蔵峠より約60分
丸山からの北岳~間ノ岳
丸山のピークより10分程で、南北アルプス展望台に着きます。
展望台の岩肌に咲いていた唯一の花「リンドウ」
展望台からの八ヶ岳
同じく甲斐駒ヶ岳
アルプス展望台より10分程で、毛無山山頂。到着時に5~6名の登山者がいた。駐車場から3時間20分で到着
山頂上空を舞うハンググライダー
駿河湾から入ってくる風が、天子山系山塊で上昇気流となり、パラグライダー愛好者にとっては格好の空中散歩場所で、毛無山中腹にパラグライダーの滑空場があり、富士山に向かって駆け下りてのフライトです。
毛無山は、静岡県朝霧高原からの登山者が圧倒的に多いと思う。麓から周遊で登山、また、雨ヶ岳・本栖湖縦走路にもなっていますので山頂は、程ほどの人盛りでした。
パラグライダーを行う最適な場所と言うことで、駿河湾からの風の通り道にもなっているようです。
昨年の15・19号台風ではかなり太い樹木の風倒木が見られ、第一地蔵峠も登山道崩落等があり、迂回路情報も出ていましたが、今は復興しているようです。
岩盤より剥ぎ取られた倒木。ほかに何本も折重なって倒れているのもありました。
林道湯之奥線・湯の奥橋からの毛無山。紅葉にはまだ早い。
麓の湯之奥集落遠景 中山(湯之奥)金山を管理・運営していた集落
門西家の説明板
集落のメインストーリの傍らを流れる水路には秋海棠が咲いていた
子供のころは「毛無山」と言うより、山容の形からコウモリ山と呼んでいました。
日が短くなる秋から冬にかけては、高い山はまだ日が当たっているから大丈夫と油断すると、足元はとっぷりと夕闇が迫っており、早く帰らなくてはと、焦る晩秋の一枚です。
谷 和代
10月25日、今日もよい天気なので昨日のリベンジで大丸山を目指すことにした。
今日のスタートは、金沢文庫駅から歩いて金沢自然公園の北谷口。ここから入り、子供たちの声でにぎわう広場を過ぎ、ジュウガツザクラを眺めてののはな館に着いた。
日曜日とあって家族ずれでにぎわう中、シダの森を抜け、右は高速道路、左は金沢動物園の道を行きトンネルに入る。
昨日右折した標識を無視し、トンネルを抜けて少し登ると金沢市民の森のひょうたん池に着いた。通行止めが続いていたので木々がうっそうとして薄暗い。
静かな池を回って長い階段を登ると大丸山(横浜市最高点156.8m)に到着。ここからの展望は房総方面しか見えない。ここを下って右に少し行くと富士山が展望できる場所があり今日はうっすらと見えていた。
尾根道を戻って鎌倉天園方面に向かい、関谷奥見晴台から野村住宅団地に下りバスで金沢文庫に出た。
この区域は市民の森が4つ、横浜自然観察森と金沢自然公園が繋がっていて、季節を変え、コースを変えハイキングを楽しむことが出来る場所です。
子供広場脇のジュウガツザクラ
金沢市民の森 右はひょうたん池
大丸山の三角点
横浜市最高峰(156.8m)標識
尾根からの富士山
関谷奥見晴台からの下りで沢山出ていた竹、秋に出るのは何竹?
昨日、今日と歩いた区域はこんなところです。
新しいトンネルが出来、土の滑りやすい道だったところが綺麗な階段になっていたりと変わってしまいましたが、確認できて良かった。