駒ヶ岳ファンクラブ

「駒ヶ岳ファンクラブ」は、日本各地の駒ヶ岳の豊かな自然を愛し、駒ヶ岳山麓の人と交流し、その山麓の文化に親しみ、日本各地の駒ヶ岳に登る」を目的とした会員からなる団体です。

「千代ケ崎砲台跡」を初めて見学

谷 和代
 やっと冬らしくなったと思いましたが、全国各地からの大寒波による積雪や交通事故などを見ると心配です。
 秋田や富山など、雪の多い地域では除雪に苦労されているのでしょうね。私は少しの雪に喜びましたが、20分ほどで止んでしまいました。
 12月26日日曜日、全国的に寒いとの放送を聞きながらも 土日のみ公開している史跡東京湾要塞跡「千代ケ崎砲台跡」を初めて見学しようと出かけることにしました。
 京浜急行が10月から1月までの土日に実証運行している「よこすか潮風ライナー」は予約不要で、停留所が横須賀駅・汐留・ドック前・観音崎京急ホテル 横須賀美術館前・燈明堂入口しか止まらない「大型バス」が運行されています。
 乗り継ぎをせず利用でき、とても良い乗り心地でしたが往きは3人、帰りは2人という貸切のようでした。


 終点の燈明堂跡バス停で下車し、先に燈明堂に向かう。平成元年3月に復元された燈明堂は江戸時代浦賀港の入口に設置された、現在の灯台の役割をする航路標識施設です。
 当初は、勘定奉行の所管でしたが、のちに東浦賀の干鰯問屋が一切の経費を負担するようになりましたが明治5年廃止となっています。
 燈明堂から少し戻り、急な坂を登りきると「千代ケ崎砲台跡」に着きます。
 国史東京湾要塞跡は、日本で最初に建設された要塞で、明治9年陸軍が観音崎砲台用地を買収し、日本の要塞建設事業が始まり、横須賀・長浦両軍港の防御を目的として砲台群が建設されました。千代ケ崎砲台は明治20年新設完成しています。
 国の史跡指定については、①史跡の名称 東京湾要塞跡 猿島砲台跡 千代ケ崎砲台跡 ②指定年月日、平成27年3月10日 指定面積は、猿島砲台跡:51,159.17㎡ 千代ケ崎砲台跡:15,435.87㎡
 千代ケ崎砲台跡は平成26年に認定された日本遺産「鎮守府 横須賀・呉・佐世保舞鶴~日本近代化の躍動を体感できるまち~」の構成文化財です。
 今日は、ボランティアガイドの案内で施設内に入り、地下施設には、坂道を利用して雨水を集水する貯水所があり、ろ過して生活用水を確保する貯水所と汚水を砲台の外へ排出する仕組みの貯水所が分かれて作られていたり、砲弾庫や掩蔽部(兵員の待機所・宿舎)、砲座などを見学しました。
 今年の散策は今日まで、喪中の我が家は正月行事もなくのんびりできそうです。
 皆様。来年もどうぞよろしくお願いします。

f:id:komafun:20211229084122j:plain燈明堂跡(復元)

f:id:komafun:20211229084154j:plain千代ケ崎砲台跡入口

f:id:komafun:20211229084231j:plain右側の石の下に溝があり雨水が流れて、右の二つの部屋でろ過して生活水になる

f:id:komafun:20211229084315j:plain地下通路 壁は煉瓦で撥水性の高い焼過レンガ(焦げ茶色)と室内は普通のレンガ(赤)天井はコンクリート

f:id:komafun:20211229084344j:plain煉瓦に見える桜の花の刻印は小菅集治監(現 東京拘置所)で作られた印

f:id:komafun:20211229084407j:plain砲座(敷き詰めてある石は砲台を支えるための補強)

f:id:komafun:20211229084436j:plain観測所が建っていた丘(今は私有地)、観測の連絡には伝声管を使っていた

f:id:komafun:20211229084507j:plain砲台跡からの東京湾の眺め、左が鋸山、右が富山